『…ごめん、哲平』
最後に聞いた声が、あんな泣きとうても泣けん、そんな声で。
しかも電話越しやなんて耐えられんかった。
そんでも、これは。
隠れ鬼
『ワトスン君、動けるか?』
「…当たり前やないですか」
『うちの不肖の弟子の情報が、入った。』
携帯に、大将から電話が入った。
恭ちゃんのじいさんの命日に、今年も花が届いた。その送り元に大将は調査行ってて。
今まで、恭ちゃんの姿は確認出来ても、観光地やったり妙に人の多いところから送ってくるから、却って手がかりは少のうて。
命日に花が送られてきたと、知らせてくれたんはキンタやら言う恭ちゃんの前住んでたとこのダチ。
それ聞いたときには、あんまりにも恭ちゃんらしゅうて、泣けてくるところやった。
そんで、やっと確信が持てた。
恭ちゃんは生きてるて。
パーツに捕まってるわけやなく、ましてや消されてもおらん。そんなマネ、思いつかんやろ。
それを知って、それで少し息が出来るようなった。
そのダチに、話聞きに行ったらどうやって、京香ねーさんが勧めてくれてんけど。
いつか、恭ちゃんとじいさんの墓参りに行くって約束果たすそれまでは行きたなくて、なんか適当に、ごまかすように断った。
『詳しい住所とかじゃないがな。手帳落としたのを、拾って渡したときに住所が見えて、そんで世間話したとかいうおばちゃんがいてなあ。』
「早よ教えてくれませんか。今すぐ行くんで」
『………そうだな。急ぐに越したことはないだろう、気付かれたと思ってるかどうかはともかく。』
一瞬、変な間が空いたような気もしたんやけど、続いて聞かされた住所にそれどこやのうなって。
「すんません、じゃ、切りますわ」
『…まあ、俺が行くよりお前だろう。ご隠居に一言伝えとけよ。』
「わかってます」
携帯の電源を切って、空を見上げた。
ちょうど今、ねーさんの用事は済んだ。
ほんま、良かった。
顔見られたら一瞬で、なんかええことがあったて見破られるに違いない。
そして、オレらを喜ばすことのできる『ええこと』は、たったひとりしかいないことにも。
ねーさんは、酷い発作を前より起こすようになってもうた。
薬は、きっと恭ちゃんや。
せやから、まだ確実でないことで、揺らしとうなかった。
違う。
誰の気持ちとかやなく、ただオレだけで向き合いたかった。それは、ただのワガママいうんはわかってる。
うちに飛び込んで、座敷に滑り込んで正座して、両手ついた。
オレが口開くより先に、ご隠居の声が降ってきた。
「真神くんの居場所が、見つかったか」
「はい。そやから……」
気が急いて急いて、わかっとるんならと立ち上がろうとしたそのとき。
「まあ哲平、待ちなさい」
ご隠居が、それを制止して、座敷を出ていった。
一瞬気ぃ抜けてそれを見送り、それからその場に自分を押しとどめんのに苦労した。
待たされたんはせいぜい一分で、何もできんような短いあいだやったのに、どれだけその場を立とうとしたかわからん。
「そんなに待たせてしまったか」
ご隠居は、オレの顔を見て少しだけ困ったように笑った。
「まあ、落ち着けといっても無駄だろうが。……持っていきなさい。役に立つ」
そう言って、テーブルの上に差し出されたのは、銀行のキャッシュカードと短い数字の羅列だけが記されたメモ。
「ご隠居、いや、これは…」
ここまで来たら、自分だけでなんとかすると返そうとした。そのとき、すっと下がる声音。
「…哲平。お前だけが待っているのではないことを、見失うな」
下から睨め上げる様な視線は、肝を冷やすには十分やし、何よりさっきの考えを見透かされたように思えた。
昇りきっていた血が下がって、もう一度頭を垂れる。
「…遠慮無く、使わせてもらうんで」
「うむ。今の時勢、いつでも下ろせるらしいな。現金があるに越したことはあるまい。…真神くんが帰ってきてくれて、お前と成美の面倒を見てくれれば帳消しになる程度しか入っておらんがなあ」
んなこと言うてもオレあたり、一生自由に使えんよな大金なんは間違いないんやろうけど。
「…その場所での結論が出るまで、戻らなくてもよいからな」
その言葉に立ち上がり、最後にも一度礼して座敷を出る。
その足で駅に駆け込んで、そのまんま数時間。
着いたのは、ちょうど人の多い盛りの別荘地やった。どちらか言うたら売り出し中らしゅうて、名前もしらんかったけど。
育ち良さそうな家族連れやら、世間ちゅうもん知らん感じの学生やら。
シゲが言うてたことを思い出す。
「地下には潜ってないわ。それだけは間違いないから。…多分、とてもキレイなとこにいるわよ。あのコに似合ってて、小猿は浮くような」
まあ、シゲが絡めんで、恭ちゃんはスジもんやら訳ありやらサツやらに覚えられとるわけで。
そう考えた理由はわかるんやけど、ここまで言い当てられるとさすがにかなわん。
「オレ、むっちゃ浮いとるわ」
情報収集、難航するやろな、そう思うたけども。
ここにおるかもしれんなら、どんな手使うても探し出す。
一日目は、なんの収穫も得られんかった。ただ、宿はあっさり取れた。
人のよさそうなばあちゃんに、友人探して来た言って、恭ちゃんの写真とついでに宿の心当たり無いかて聞いたら、自分がやってるペンションに空きがあるとか話が進んで。
ホテルとかより、土地勘と人脈あるそういうとこのほうが情報得やすいやろうから、飛びつくようにして話に乗らせてもらう。
2日目も、無かった。
役場とか、警察とか、郵便局とか。
オレのガラが悪いのもあるやろが、ホンマ心当たり無いみたいで。
店とかの聞き込みは、モノ買うて聞けばぺらぺら喋ってくれんやけど、めぼしいもんは何一つ。
…3日目も。
その夜、あとは別荘一軒一軒回るしかないな、と溜息ついてもうたとき。
見かねたらしい旦那さんが、協力してくれた。よう喋る奥さんに、あんまりクチ開かへん旦那さん、て感じなんやけど。
「私の知り合いに、ここら辺の担当で、別荘に届け物してる宅配業者がいるんだが…?」
「すんません、話つけてもらえませんか?明日にでも話聞きたいんで」
必死なんが十分すぎるほどわかっとるんやろか。
オレの顔、じっと見てひとつ頷いて、すぐに電話してくれた。
「よかったわね、哲平さん?…きっと、明日、おともだちに会えるわ」
丸顔に似合うた、ころころと鈴みたいな笑い声立てて言うから。
「ん、紹介したるよ、タミちゃん。恭ちゃん男前なんやから」
「あら、楽しみね。約束よ」
「約束や」
指切りなんぞしてみる。ほんま、見つかるような気がして、心ん底から笑って言えた。
結局、このあたりに宅配に来る言う話で、ついでに寄ってもらうことになったらしい。
それを聞いて、なんかあるような気がして寝付けんかった。
次の朝は、風の強い日やった。
昼頃になるいうから、その前にもう少し回ろうかしたらタミちゃん凄い顔して止めた。
「すれ違ったらどうするの!」
…まあ、そらそうやけど。
それは建前で、オレの顔色が余りよくないからかもな。
そんなら、ということで寝させてもらう言うと、タミちゃんふうわり笑うて。
「おやすみなさい」
いや、まあ朝の八時にそれもどうかと思うけど、それでも。
「ほんなら、しばらくお休み」
昨日と違って、すとんと寝付いた。
熟睡しとったはずなんに、お客さん来たの声で飛び起きた。
数時間眠れたからかだいぶすっきりしてる。
見慣れたマーク入った帽子をちょっとあげて挨拶するオッサンは、人良さそうで。
「手間とらせて悪いんやけど、頼んます」
「俺で助けになるんなら、構わないから」
そう笑う顔にそんじゃ遠慮無く、って恭ちゃんの写真見せる。
眉根を寄せて写真を見つめる、その姿を固唾を呑んで見守る。
その視線に気付いて、申し訳なさそうに俺を見て、写真を返してきた。
「すまないが、俺は見覚えがない」
…それは、その確率が高いんやろとはわかってた。
わかってたはずなんやけど。
ふと、もうダメなんかな、と。
思いかけた、けど。
「ただ、この兄さん、君と同じくらいの背格好で、少しだけ線の細い感じかな?」
ぽつり、と聞いてきた言葉に、顔を上げた。
「そや、そんな感じ!…なんか心当たり!」
「…俺はしらないが、一度、宅配に行った若いのが、若い兄さんが庭で剪定してるの見かけたとか。でもな、そこ、身よりのないばあさんと、年配のお手伝い、コック、執事の暮らしなんだよな。たまたま雇ったと言えばそうかもしれんが…」
…それが、藁でも良かった。つかまれるもんがあるんなら。
「その家、どこに…」
「結構、山の奥に入る。此処が別荘地と売り出されるずっと前から、ここに住んでんだよ」
がし、とオッサンの太い腕を掴むと、苦笑されて。
「連れてってやるよ、近くまでなら」
結局、俺はオッサンのトラックに乗せてもろて近くまで行って、あとは歩く。
段々寂しくなっていく道の先に、古びた洋館が見えた。
「こら、お化け屋敷いわれてもしゃあないな」
そのくらいかなりボロな屋敷は、塀はあるんやけど、門は閉まってなかった。
あのライオンの口のわっか鳴らしてみたかったけど。
ふと、気が向いて。
荒れた庭を覗いた。
なんとなし見てると、手前のほうから植木の枝が綺麗に揃えられているのに気付いて。
目印を追うかのように早足なって。
そんで、金縛りにでも会うたみたいに、足が竦んだ。
白い綿のシャツ着て、ジーパン履いて。
片手に剪定ばさみ持って、枝の具合を見んのに気ぃ取られてて。
絶対に、間違えようのない後ろ姿。
金縛りを解いて、足音忍ばせてその近くの木まで。
強い風が、足音と気配をごまかしてくれたんか、…オレの気配に根本的に警戒してへんのか分からんけど。
何か決めたのか、剪定ばさみを取り直して脚立に向かおうとした肩に手を掛けて。
その手を首あたりに回して、片腕でも恭ちゃんを後ろから捕まえて。
振り向けんようにして、呟いた。
「…恭ちゃん、みっけ」
自分の声が、震えてんのが分かった。
「駄目やろ?日ぃ暮れたら隠れんのやめてうちに帰らな。…心配するわ」
ごまかすように続けた言葉も、震えっぱなしで。
このままおったら、なんかみっともないことなりそうで、身を離した。
固まったままの恭ちゃんの右手が、ぎゅう、と拳に握られた。
それから、ゆっくりと。
恭ちゃんが、…恭介がこっちをふりかえって。
「………哲平」
ただ、ひとことオレの名前呼んだ。
会いたかったとか、そんなこと言われるなんて思いもせんかったけど。
そんでも、これは。
オレを映すその瞳の色が、俺の名前を呼ぶその声が。
そんな、哀しそうで苦しそうなん。
久しぶりに会えた姿から、久しぶりに聞けた声がそれいうんは。
なあ、恭介。
…正直な、死ぬほど痛い。
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