かすれた悲鳴
携帯が、鳴った。
電話や。
着信音で分かる。
寝てても、すぐに起きて出れるように、派手な音のに変えた。
毎日、何かしら必ずメールをして、何かしら返事あって。
そしてひと月前からぱったりと途絶えてしまった、その元は。
嫌な、嫌な予感がした。
この電話は、決してオレにとってええもんやない。
でも、取るしかないんや。
「…恭介、恭介?」
勢い込んでボタンを押した。
でも、第一声は思うように出んかった。恐る恐る、呼びかけるような。
恭介やない可能性のほうばかり思い浮かんでた。
せやから。
『……て、っぺ…ぃ』
掠れてても、弱弱しゅうても一月聞いてなくても。
聞き間違うはずの無い声。
「き、恭介、恭介か!ホンマに、ホンマにっ…!」
『…ぁ……っ、は。哲平、哲平!』
掠れていた声が、急に悲鳴みたいなって、オレの名前呼ばれた。
苦しそうに喘ぐ声が聞こえた。
『……っ……切…って』
「なんやて?」
『電話を、切ってくれ!聞くな…ぁっ!』
全身の毛が逆立つような気がした。
途切れ途切れの吐息、それが意味するもんはなんや。
恭介が、切れと懇願する理由は。
そもそも、この電話をしたのは、誰や。
決まっとる。
『お久しぶりです。前お会いしたときも、あなたからのメールを読ませて頂いていたので、あのときのことを思い出しましたよ』
穏やかな、癇に障る声。
受話器の中に手を突っ込むことができるんなら、今すぐにでも突っ込んで素手のままその喉笛握りつぶしたい。
でも、んなことできひんから。
自分が肺を握りつぶされたかのように、呼吸すんのがやっとで。
『少し、期待外れだったので商品にでもしてしまおうかとも思ったのですが。外側も、もったいないと思いましてね。
私が飽きるまでは、楽しませてもらおうと思いまして。
ずっとそばに置いていた養い子もいなくなって少々身辺が殺風景だったから、丁度良いですし』
『黙れ……哲平、…きっ…』
『どうです、もう少し、聞きますか?懐かしい声でしょう?』
コレを切ったら、オレはもう、恭介の声を聞くことはできないかも知れん。
少なくとも、もう会うことはできんということを事実として理解した。
飽きたが最後、もう恭介は。
だから、切れんかった。
そんでもソレを、耳に押し当てることもできず、呆然と手に持ったまま見つめていた。
泣いている様な声と、耳障りな小さな音。
そして、ひとり楽しそうな笑い声。
「それは、オレのモンや」
こぼれ出た自分の声に、気付いた。
絶対に渡したらあかん相手に奪われて。
オレは初めて、自分の想いが友人としてのソレからだいぶはみ出てたことに気付いた。
「その声も、躰も全部、オレのや。触んな、触んな…っ」
喉の奥で、そう呻いた。
『……哲平…ぃっ』
携帯からから不意に聞こえた、妙にクリアなオレの名前。
切れと懇願していたときの呼び方とは違う、縋るようなその声に。
とうとう手から、携帯が滑り落ちた。
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