素直になれない自分こそ、そのわがままに押し切られてると見せかけて。
こどもじみて幸福な
朱原さんへのメールを書き終える。
朱原さんへ、としたけれど一番初めに書いたのは全てひらがなの文章。
保存して、一息つこうとお湯を沸かそうと思って席を立つ。
メールは便利ででそのぶん重みがないとは言われるけれど、でもその瞬間に迷惑を掛けずに送れるのは良いと思う。
電話だったら拘束してしまうし、迷惑かもしれないし。
日付が変わった瞬間に、送信ボタンを押せるようにしておこう。
送信トレイに保存してあるのは、朱原さんや皐月くん、潤ちゃんと浩司さんに亀山さんに。
キンタとか、SAKUとか。
メールアドレスをもらった、親しい人全てに書くのは、やっぱり結構時間が掛かった。
年賀状みたいな明確なリミットがないから、やっぱり少し後回しなんだ。
哲平は、ご隠居の手伝いに追われているはずで。
”一緒できんでごめんな”
そんなメールが携帯に残ってる。
どうせ、忙しくって電話になんて出られないだろうけど。
メール返信でおめでとうとか言っておこうかな。
そんなこと思ってると、テレビの番組が空っぽな感じのフィナーレからやがて厳かな感じのものに変わった。
あとちょっとだなあ、そう思いながらインスタントコーヒーの蓋を開ける。
お湯を注ぎながら、来年はどうしようかなんて考える。
持ちぶさたにコーヒーを啜りながら、なんとなく除夜の鐘の実況なんて見ちゃったり。
長かった今年も、あと少しで終わりか。
なんて思ってると、ドアチャイムが鳴った。
「恭ちゃん、オレオレ、オレや」
ドアの向こうで陽気に響く声。
発信電話番号が表示されない電話口だったら、時節柄通報されたって文句は言えないぞ。
来ないんじゃなかったのか、おい。
でも居るんだから来たんだ、当然のことに知らず微笑む。
「オレなんて知り合いはいないよ、哲平」
鍵を開けると、即座にドアが引かれてチェーンがびしりとそれを阻む。
せっかちだな、とチェーンを外すと、笑いながら哲平が入ってくる。
「ええやん、名乗らんでも分かってくれるなんて些細なことで幸せかみしめとるんや」
入って靴を脱ぎながら、器用に鍵を締め直してる。ほんの少しの間しかドアを開けては居ないのに、入り込んだ外気はこの部屋をかなり冷やしたような気がした。
コーヒーをもう一杯追加して、テーブルの上に置く。
後ろをすり抜ける気配は、薄手ながらも上着をハンガーに掛けているみたいで。
さすがにうちでは脱ぎっぱなしにするなと言い続けたのが効いたかな。
「寒っ。コーヒー貰うな」
「うん、飲んでくれ。…来れたんだ」
「まあな」
……わざわざ来れないなんてメールするんだから、よっぽどなんだと思ったんだけど。
事情が変わったんだろって思って、俺はパソコンの前に座る。
ディスプレイ右下の時計を見やる。
あと一分。
もう一度、宛先と内容を確認する。
マウスを滑らせて、”送受信”をクリックしようかとしたとき、背後に気配を感じた。
その感触は、まだ冷たい。
マウスに被さる堅い手のひら、マウスに触れる俺の指の間に、潜り込む節のある指。
そのまま引きはがすように、マウスと手のひらの間に割り込んでいく。
そして。
頬を掠める無精髭。
もう片方の手が、がっちりと俺の顎を掴む。
否応なしに、ディスプレイから視線は逸らされ、舌に絡むのは酒の味。
酒に詳しい訳じゃないけれど、なんでウィスキーと日本酒とを同時に味わうような気分になるんだ。
どんな飲み方してきたお前。
コーヒー飲んでないのかその前に。
テレビからは、『新年明けましておめでとうございます!』なんて女子アナの華やかな挨拶が聞こえてくる。
そして軽やかなチャイムのような音と。
息継ぎの一瞬しか解放されない唇、押さえつけられた右手。自由な左手で哲平の頭を引きはがそうとしてたはずなのに、力が抜けて触れるだけのそれは、傍から見たらむしろしなだれかかってるか、引き寄せているようにしか見えまい。
傍目、があってたまるかと思ったけれど。
やっとのことで解放されて、画面を見やるとさっきは無かった小さな窓。
”KYO、あけましておめでとう”
”席、外してる?”
…SAKU?
さっき、聞こえた音はこれか。聞き慣れた音だったのに、哲平の仕掛けることに平常の判断を無くしていたらしい。
そうだ、俺はまだオンラインで、さすがにこういう日は午前中じゃなくてこんな時間にも出てきたりするんだろう。
口の端を指の背で拭って、キーボードを叩こうとした瞬間、やっぱりその指も絡め取られた。
「哲平!」
「……折角、恭ちゃんと年越ししとうて無理矢理来とんのに、なんで他の奴と共有せなならんのや」
鼓膜を直接震わすような近さで、吐く息と言葉が伝わる。
顎を固定する手はそのまま、耳朶に噛みつかれて舐め上げられる。
チャットツールの入力欄には、指を絡め取られた弾みで、意味不明な文字の羅列だけが表示された。
絡め取られたまま、キーボードから俺の腰あたりまで持っていかれる。
そのまま、自分の服の下に運ばれて、自分の手で脇腹に触れることになって。
”まあいいや、今年もよろしく。”
SAKUの新たなメッセージが浮かび、オフラインが表示される。
向こうに、こんな有様が伝わるはず無いのに、顔から火が出るほど恥ずかしい。
「哲平」
今度は静かに、咎めるように呼びかけた。
押さえつけるような力が弱まった。
やっと拘束から抜け出して、向き直れば何ともバツの悪い顔をしている。
やったことが俺が望まないこととはわかってるんだろうけど。
「…今から、俺が誰かにメールとかメッセージとか、送るのは嫌か?」
「イヤや」
間髪入れずにはっきりと。
「相手がまどかちゃんでも?」
「オレ以外やったら誰でも」
「…子供か、バカ」
哲平が、それでもいややったんや、なんて理由にもならない反論をしてて。
しかたなく、まずオフラインにして、パソコンはスタンバイ状態にして。
不自然に上向かされた首を回して、立ち上がって伸びをして。
伸びをして下ろした両腕を、向き合った哲平の首に回す。
ゼロ距離で、鼻先が触れ合うほどに近く。
「1分待てば済む話なのに」
「電話する一分も惜しゅうて、年変わる前にって駆けつけたんに、恭ちゃん余裕で他の誰かのこと考えられてたらたまらんわ」
拗ねるなってば。
抱きしめると、まだ哲平の体は冷たい。
眉をひそめて、言い飽きた言葉を繰り返す。
「冷たいなあ。…手袋とかさ、もっと厚着してくれよ」
回した腕を、締め付けるようにして抱きしめる。
「あっためてほしいから、冷やしてくるにきまっとるやろ?」
向きを反転させられて、背中からベッドに倒れ込む。
「なんだよそれ」
腕の力を緩めると、上体を起こして、顔をのぞき込まれる。
のぞき込む顔は憎たらしいほど笑顔だ。
「恭ちゃんオレより体温低いから、こういうとき恭ちゃんの体温やー、って思うねん」
俺が風邪引いたらどうするんだよ、なんて。
そんなことは無いって知ってる。
わけた分の体温は、おまけを付けて返されてしまうんだ。
「もうちょい恭ちゃん、喜んでくれる思たんや」
「…喜んでたさ」
諦めてついたため息は、哲平の首筋をあたためているだろう。
お前が居ないから、しなきゃいけないことを作ったんじゃないか。
無理に来てくれたのが嬉しくて、それを見せるのが照れくさくて、作った用事に縛られてたに決まってるだろう。
ジーンズで隔てられた、足を絡める。
「みっともないくらい妬いたこともか?」
「…喜んでるよ」
自分がバカだって思うくらいに。
あまりにも子供じみた意地と嫉妬の張り合いでくちづけた今年の始まりの瞬間。
なしくずしに触れ合って、そうして満足なんだから。
fin.
お題。
哲恭で嫉妬。
…描ききれなかった最後までえええええ!←ヘタレ