自分の感情なんて、イヤんなるほど気付いてるから。
流れ出るのを、必死で押しとどめる。

そして、これからも。





ストッパー







ふっと、浮き上がるように目が覚めた。
天井が日本邸宅のうちとは違うし、なにより寝床の周りにいらんもん転がってのうて。


ああ、そういや恭ちゃんちに泊めてもろたんやったっけな、とか思い出す。


首巡らして横見れば、恭ちゃん行儀良う静かな寝息立ててた。



スピリットから引き上げて、恭ちゃんをここまで送ってきた。
今夜は、せいぜい2,3杯しか口にしてへんから、意識もしっかりしてたし。

ま、なんだかんだで店じまいまで粘って、結構な時間やった。
結構な時間やけど、そんなんいつものことや。

んでも、部屋ん中まで行って、水貰うて帰ろうとしたとき。
「哲平、もう遅いし泊まってけば?」
ジャケットをハンガーに掛けながら、さらっとそう言われた。
別に、ご隠居かてうち居るし、泊まる用なんてなかったんやけど。

「そか、んなら甘えさせてもらおか」
特に考えることも無しに、そう答える。
「了解。んじゃ俺、意識不明になる前にシャワー浴びるよ。布団いつもの場所に入ってるから、出して使ってくれ」
クローゼット指さしながらそう言って、上機嫌な笑顔のままシャワー浴びに消えた。
布団だしながら、ええかげん勝手知ったるなんとかやな、て苦笑してた。




暗い部屋で身を起こしてつらつら思い返してみる。
恭ちゃん泊まれ言うたん、もしかしてオレが揺れてたん、実は隠し切れてへんで心配したんやないかって。

原因とかなんもわからんでも、変に聡う気付いて、そんで黙って側にいようとしてくれるから。
きっと、今日もそれで。





でも、お前が原因やとはわかってへんのやろ、…恭介。



昔の付き合ってた話聞いて、みっともないほど揺れた。

いつか、が浮かんだ。





いつか、恭ちゃんにあたらしく家族が出来たら、もう今までのようにはいかん。






友情のほうが劣るとかそういうんやない。
オレとはいつまでも親友でいてくれる。そんなん心配せん。

ただ、オレの入れん新しい世界ができる。
嫁はんと、生まれてくるかもしれん赤ん坊と。
ひとつ屋根の下で暮らして、養って、辛いことを打ち明けるのはそっちになる。
気軽にこうやって泊まるのも、きっと遠慮してオレからせんようになる。
一日のできごとを分け合うのは、ずっと一緒にいるそっちになるのは当然のこと。

抱えきれない重いことを打ち明けられることはあっても、話すまでもない他愛ないことは、きっとオレから離れていく。



恭ちゃんは聡いけど、こういうことには鬼のように鈍い。
だから、良かったて思てる。

すっかり目が冴えた。
どうしようもなく煙草吸いたいけど、起こしてしまったらイヤやから。













部屋は暗うて、静かで。
聞こえるのは穏やかな寝息とオレのため息。



こんな穏やかに、眠れる日が来て良かった思う。
夏を過ぎて、秋になって。
眠れてないのに、気力で身を支えてる様子はどうしようもなく辛かった。

悪い夢を見る、そう呟くことはあっても。
その夢に出てる人間に、あまりにも深う関わってるオレを気遣ってか声に出して語るのができんかったんか、内容を吐き出すことはなかった。



いつからやろう、親友だけで済まされんくらい、想うようになってしもたんは。



夏の、あの事件が境かもな。
最初から、ひと目あってからかもわからん。



ただ、わかってることは。
ここで穏やかに眠ってるやつへの感情が、一人の人間が持てる、他人へのええ感情全部混ざってしまったようなもんやってこと。


親友への情、家族への情、…で、恋人への情。



全部、ない交ぜになって、あふれるようにひとつの出口に向かって流れ込んでる。

この流れだけが、ほかのご隠居とかねーさんとか、大事なひとらのそれと明らかに違うて。
かさを増すばかりで、向きを変えることもできんそれをどうしたらええ。

それでも、ただ大事やと、思う情だけなら良かったんや。
でも、いつのまにかやましく欲とかが絡んできて。
そうしてやっと、手がつけられんようになってると自分で気付いた。







なあ、恭介。
お前は無防備に泊めるけどな。

気遣われて、側にいられることが。
いつかそうやなくなる未来を否応なしに考えさせて、胸をかきむしるほどに苦しい。
ずっとこのままで居れたらと、ガキのわがままみたいに願ってる。




お前のしあわせを願ってる。
誰よりも、しあわせであってほしいと、今までの不運を帳消しにしてお釣りが来るくらいにしあわせであれと、願う。






願うこころがふたつに裂けて、自分では縫い合わせることもできん。








部屋が暗いと、向き合いたくない感情と向き合ってしまう。
冬に向かう空気は冷たいはずやけど、間近にひとり眠ってるからか妙に温い。

居心地良うて、だからアタマも冷えんまま。


向き合っていつも、自分がもう後戻りできんと再確認する。
後戻りなんてできんでもええんか。
押し込めることは、きっとこれから巧くなる。
想いが強く、深くなるにつれて、きっと巧くなっていくから、せやから大丈夫。


眠る恭介は、目が覚める気配はない。
仰向けに、でも枕に預けた頭は少しこちらに向いてた。


ベッドの端に、手を掛けた。
少しだけスプリングが軋んでも、反応はない。



あまりにも反応がなくて、だから。
誓った端から、自分に言い聞かせた端から。










魔が差した。












乾いた唇の感触と、酒に熱した吐息の感触と、自分のそれに残ったのはそれだけ。
掠めるように触れたから、恭介が微かにも、目を覚ます様子は無い。

安堵する気持ちと、どこかで落胆する気持ち。


目を覚まされてしまうことを、どこかで願ってたんか。
自分の弱さと卑怯さと、アホさ加減に涙が出る。
低く掠れた声で、自分を嗤う。


激しすぎるほどの感情と、生々しい欲を持つ自分は、無意識の賭に負けた。
微かに残る、触れた瞬間の記憶だけを頼りに、負けた願いは息をひそめてゆけ。

だからこれからは、アホなこと言うてボケて笑うて、対恭ちゃんにおひとよしの親友でおるんや。



恭介は、眠る間にキスして仕舞うような真似、きっと嫌いやから。



手の甲で、自分の唇に触れ、それからもう片方の手で握り込むように爪を立てる。
目をぐっと閉じて、どことなく熱くなる目の奥を誤魔化す。
床に敷いた布団にまた横たわって、掛け布団を頭から被った。




口に出さんで、隠してしまうことも嘘になるんなら。
たったひとつのくちづけを言えない嘘にすることで、自分の想いに歯止めを掛ける。
恭介に嘘はつけんでも、その嘘だけは、張り通せ。

押し込める技術は巧くなる。
恭介を裏切って、黙っとらなあかん後ろめたいことなんて二度とやらん。









この先もずっと、変わらずふたりで肩並べて笑ろてる未来のために。

そうや、…この嘘だけは、張り通す。





















fin.

















なんか可哀想になってきました…

でもこの話、この一連の中で一番初めに決まってるおおもとなんですよね。
酷いな、私が。