さっきまでは日常。
自分なんかと、まっとうに生きてきた人間との間に深い川があったことなんて忘れてた。
忘れてたばっかりに、それが頼りない吊り橋やったなんて、崩れて初めて思い知る。
やっと手にした日常を。
架け橋
面倒な駆け引き終えて、裏路地抜ける。
開けた道に出て、やっと腕回して伸びをする。
そういえば、なんかさっき携帯震えてたような気がする。
少しばかり面倒なやりとりやったから、そっちに気ぃ割いてるヒマなくてほっといた。
エミーやったらこんな時間は動いてへんやろし。
携帯取り出して、ぱちんと音立てて開く。
あ、恭ちゃんやんか。
急ぎか思ったけど、別に留守電とかメール入ってるわけやなし。
時間見たら、落ち合って メシでも一緒せんかとかそういう電話やろ。昼過ぎなんてぼんやりした待ち合わせ時間やし。
もうちょっと早く切り上げられとったら、一緒にメシ食えたんかな。適当につまむくらいはしたけど、青島の話してて話相手がそのスジのおっさんやったらうまいメシになるわけもない。
さすがに、恭ちゃんも食べてしもたやろし、別にオレも胃が空っぽなわけでもない。
あんまり気分ええ話やないから、落ち合ったらすぐ話始めてしまおうなんて、そんなこと思いながら天狗橋に行った。
少うし遅うなったな、一応謝ろなんて思いながら、気持ちだけ早足で。
橋の向こう側のたもとで、数人集まってんのが見えた。なんか携帯で話してる奴もおる。
ただごとやない感じで、歩きながら思わず恭ちゃん探した。
立っている人間には、おらんな。
ぽかりと、そんな考えが浮かんだ。
そして、足が止まる。
立っている人間には、おらん。
でもなんか今、ちらりと目に映らんかったか?
そや、なんか、脚が。
視線を、下に動かしていく。また増えた人の垣根から飛び出した、人の脚。
片方の靴は脱げて、ソレはぴくりとも動かん。ありふれたジーパンは、誰かを特定出来るもんやない。
恭ちゃんとは、今日は会ってへん。だから、服装はわからん。
でも、遠くに転げたあの靴に、見覚えないか。いつも、見るともなく見てたそれに似てないか。
瞬間、地面を蹴った。
走って数秒、人混みを乱暴に押しのけた。
「きょう、すけっ!!」
考えるより先に名前を呼んで、転んだかのように跪く。
横向きに倒れた体を抱き起こそうとして、頭から流れる血がぬるりと触れた。
頭真っ白になりそうなりながら、揺さぶって起こそうかとした瞬間、体をぐいと引き離された。
「何すんね…っ」
「落ちつけ、小僧」
何でか、氷室のオッサンがそこにおった。いつもよりキツい顔してた。
「落ちつけるか、…恭介が、恭介がっ!」
叫ぶと、別方向から胸ぐら引き寄せられた。
「バカかお前は!頭打ってる人間揺らして殺す気か!」
…今度は森川やった。少しだけ顔色悪うて、息乱しながら、怒鳴ったあと口元軽く押さえてた。
その声に、冷水ぶっかけられたような気になって、恭介から手を引く。
地べたに座り込んで、呆然と恭介を見下ろした。
森川やら氷室のオッサンが、周りと話しとる。
目撃者はいないとか、轢き逃げ、とか。
119とか110には連絡済みやとか、全ての情報が、滑り落ちて自分の理解するまでに届かんかった。
さっき二人に引き留められてから、恭介に触れることすら躊躇われて。
ただ、目を見開いて血が広がっていくんを見とった。
色の失せた顔、投げ出された手足。それでも、首があらぬほうに曲がってるとかはなくて、氷室のオッサンがすぐに息を確かめてたし、まだ、…生きててはくれてる。
視線を胸元に下げると、上着がめくれてて内ポケットが見えた。
携帯は下に転げ落ちてて、衝撃で飛び出したんかと見やって。
そう言えば恭介、ジャケットの内ポケットに何か大切そうに仕舞ってた。
亮太から託された、紙袋入りのペーパーナイフ、別れるとき確かに、ジャケットのうちに。
乗り出して、胸の辺り探っても、それらしいもんは見つからんかった。ジーンズも、他のポケットにも、そんなもんはなかった。
恭介は、肌身離さず持っておく言うてた。
さっき仕込んできた情報が頭を過ぎる。
ドブ川で殺されたのは、青島の前組長の懐刀。
これで、青島の重要人物が二人殺された。
亮太は、青島絡みの人間と繋がってて、あの世界は、人の命なんて紙よりも軽い。
それが、裏とは関係のない人間であっても、あいつらに仁義なんて無い。
オレが、そんな世界に巻き込んだ。
これが無関係な、ただの轢き逃げやなんてどうしても思えへん。
恭介こんなにしたんが、誰であっても。
誰か分かったらオレがやることは決まってんのやけど。
ナイフを渡したことで、オレは恭介をこっち側の世界に呼び寄せたんか。
だんだんと、恭介や京香ねえさんやら、表に近い場所で息吸えるようになったような気もしてたけど、結局に絡んでくるのは裏からきた何かで。
そして恭介は、橋を踏み外しただけ。
「殺す気か」、そう言われたときに肝が冷えた。
オレだけが持っとれば良かった。オレだけが亮太を捜せば良かった。
枕ヶ碕に入れることなんてせんかったら。
あのとき、恭介を巻き込む決断をしたオレを、誰よりも先にオレは憎む。
恭介の上着の裾を握りしめて、為す術もなく座り込んどったんは、感じてたそれよりずっと短かったに違いない。
救急車のサイレンが聞こえて、ばたばた下りてきた奴らがオレと恭ちゃんを引き離す。
森川と救急隊員が話してて、友凛病院とか市民病院がとか言うてる。
どこでもええから、早う恭介助けたって。
オレは、なんもできんから。
Next?
3話3日目静ちゃん未訪問時強制BAD。
何故かプレイ以前から知っていた展開。
刑事ふたりは直前までサイバリアで地獄メニューのもてなし受けてるし。
ひっそり、森川→恭介と続きたい…
悪趣味なのは重々承知しております…うう。