笑いながら、こんな話してるなんて知ったら。
お前きっと怒り狂うんだろうけど。






めぐりあわせ






「あ、そういえば頼みがあるんだ」

メールを返信し終わって、哲平に何か言うことあった気がする、とか考えた。しばらくして、思い出して振り返る。
哲平はポテトチップスを口にくわえて、ガールズアイドル専門の雑誌なんかめくってる。ベッドを背もたれにして、それなりにいつも通りくつろいでる。
そういえば、唯ちゃんが表紙になったから今度貸してくれるとか、前に言ってたっけな。

俺の声に視線をこっちに向ける。それから、器用に口だけでポテトチップスをぱくりと食べた。
「なんや?」
一応、飲み込んでから聞き返してくる。手元の雑誌をぱたんと閉じて。
「いや、そんな改まる用件じゃないんだ。ただ、お手伝いさんとご隠居に口利きしてほしいことがあってさ」
背もたれに、肘を掛けるような体勢で続ける。
哲平は、そんな改まるような話じゃないと思ったのか、ポテトチップス食べるのを再開する。
「そんなんいつでもしたるけど。でも、ご隠居だけや無うて、お手伝いさんて何の用やねん」
「いや、オーブン借りたいと思ってさ。ここらへんで、きちんと焼けるの置いてありそうなの、ご隠居さんの台所くらいだろ?スピリットで日中使わせてくれって頼めば、頷いてくれそうだけど…」
「まあな、ねーさんで苦労掛けてるのに、な」
「うん、増して、俺自身もな…」
色々申し訳ない事柄が頭を過ぎり、スピリットの方角に土下座しそうになる。
哲平は、見透かした顔してた。

「んで、女王様姉弟の酒癖はおいといて、なんでオーブン使うん?」
…女王様姉弟ってお前。
でも、姉弟と知れてからは尚更、マスターも悟ったような顔になって。仕方がないな、って顔が少し哀しそうだ。スピリットに足向けて寝られない。
実際、方角南だから頭向けてるけど。その前にベッド動かせないし、ってそうじゃない。
なんだかんだと考えてたら、またドツボに嵌りそうだ。せっかく哲平が話を戻してくれたんだから、それにとっとと乗っかってしまおう。
「…いや、ケーキでも焼こうかと思って」
「んー、そうなんや。…あれやったらあかんの?」
指さしているのは、オーブントースター。
…パンやピザは焼けるけど、本格的に型取ってスポンジ焼くのには使えないんだよ。
「…焼けないよ。お前に家事関係求めた俺が悪かった」
「すまんな、ほんま分からんねん」
悪びれずに、哲平は笑う。それから。

「で、いつ使うんや?」
聞かれて、少し躊躇う。

「…来月の、21日かな」
その日付に、ポテトチップスに伸ばした哲平の手も止まった。

忘れたことのない日付。




「森川?」
「うん」




哲平が、なんとも言い難い顔をして黙る。間が持たないのか、食べてはいるんだけど、多分それは、何していいか分からないからだろう。



「誕生日だから、焼いてやるって言ったんだけどさ。…色々思ったんだけど、止めようかとも思ったんだけど。やっぱり、約束したし」
雑誌のページを繰る手を止めて、哲平が俺を見上げる。妙に、目の色が優しいように見えた。
「色々て、なに?」








ふ、と静まりかえる空気も優しくて。



…いや、優しいんだけど。
つらつら、考えてて行き当たったそれを口に出してみる。










「いや、森川、威に俺のことレポートに纏めて提出させられてたりしそうで、大変だったろうな、とか」













うん、やっぱり空気が凍った。












「…何しとんねん、3号―――――――――――――――――――!!!!」






うち、壁薄いんだけどなあ。
そう思っても、前振り無しでこんなこと言っちゃった俺が悪いんだろうし。








「…いや、この場合違うな。何考えとんねん、恭ちゃん」
手元のペットボトルを一息に煽って、ちょっと冷静になったらしい哲平のツッコミが入る。
いや、そう言われるとは思ったけど。
「いや、だってお前、疑問に思わなかったか?」
結構、ずっと考えてたんだけど。
「なにをやねん」
哲平の、心底疲れたような訝しげな顔。
「Aimの時限爆弾のさ、威の謎掛けについて」

そう言っても、哲平にぴんと来た様子はない。
そうだよな、確かに俺の気にしすぎなんだけど。



「言っただろ、所長もあのとき。…あれは、『真神恭介にしか解けない問題』だったんだ。でも、何でそんな問題を他人の威が作れるんだよ、って」
俺の言葉に、やっと思い至ったようで、表情が引きつった。
「いや、五分だとは思う。だって、調書とかに全部載ってることだから。調書なんて見放題だったろうし、そういうの目を通して計画練るの、威には負担じゃないだろうしね」
哲平の眉間の皺が深い。
まあ、それはそうだろう。うちに侵入したりして、俺のことなんてどうとでも出来た状況だったと知ってても、やっぱり嫌なものは嫌なんだろうし。
「ただ、その事件に関わってるのが、全部森川で、個人的にも無駄口叩いたり、不本意ながら友人扱いされてたし。…威がさ、それ使わないわけないと思うんだよ」
「性格ねじくれてんもんな」
「うん、あいつ、人の嫌がること好きそうだし。森川、絶対そんな仕事させられるの、嫌がったと思うんだよな…」
ふ、と遠い目をしてしまう。
哲平も、なんだか共感してしまったらしく。
「…とことんついてないな、3号…」
なんだか、しんみりしてきた。
でも、実際その方がいいかな、って思う。
「森川は、絶対使われてたって思うんだ。威自身だって俺のこと観察してたみたいだけどさ、それだけじゃどうしようもないこともあるし」

ペーパーナイフの件から、たびたび纏わりついてきた視線。
好意は感じられなかった。きっと、奴の思うとおりに行動しているかどうか眺めていたんだろう。
何の気無しに呟いた言葉に、何でか哲平が反応した。
「…観察されてた?…しかも気付いてたて恭ちゃん?」

…うわ。
声低いな、哲平。
「いや、まあ基本的にはペーパーナイフの時だけど」
「そのときだけや、ないんやな?」
「Aimのときとか…氷室さんその場にいたし、見られてるだけならまあ仕方ないかと…」
いいわけになるとも思えないけど、その時点では殺されることはないだろうし、なにより、手の打ちようは無かった。
柏木邸に世話になるのは、したくなかったし。

そんな俺の考えは、わかってるんだろう。
わかって、いるんだろうけど。

深い深い、溜息が聞こえた。
「…恭ちゃんな?踊り子さんちゃうんやから、おさわり厳禁だけや無うて、見られんのもイヤがってええ思うで…」
なんなんだ、そのたとえは。
「…見られるだけで済むんなら、まあ諦めようかと思ったんだ。減るものじゃなし」
「…減る」
「……まあ、ある意味減るかも知れないけど」
精神力とか、ダイレクトに寿命とか。

ちょっと怖い考えになるのを、切り替える。

「とにかくさ、そういうこと考えてて思ったんだ。…森川って、上司に恵まれてないよな、とか」
しみじみと呟いた俺を、額押さえた指の隙間から、さすがに呆れたような目が見ている。
「そういう考えに行き着く当たり、恭ちゃんおもろいんやけど…例えば?」
例えば、って言われても。
「基本的に、あいつが尊敬して従おうとしたのは諏訪さんなんだろうけど。…織田本部長が、組織の上司としては直属だったと思うんだ」
「…ああ、森川に公安殺しさせた奴か」
苦虫をかみつぶしたような顔で、哲平が頷く。
もしも、…そんな独断がなかったら、と思う。でも、それがなかったら、俺たちは組織への足がかりを掴めなかった。
…今の穏やかな生活に、引き替えたものはなんだと目の前に突きつけられるような気がする。
「そんなに、尊敬出来る人間じゃなかったらしいし」
「ま、そうみたいやな」
一瞬浮かべた苦痛の表情を、見ぬ振りして哲平は同意してくれた。
「で、氷室さんはいい人だし有能だし、捜査課の先輩として学ぶところは多いと思うんだ、思うんだけど…」
「…放置プレイとか普通にしてくれるわな」
なんだか語弊があるような気がするけど、まあ、実害がないならうるさくてもほっとけ、っていう感じで。というより面白がってる。
「…始末書とか、パソコン関係で森川ものすごく大変だったらしいし。…夜の電話が日常茶飯事?」
「…泣けてくんな」
氷室さんはいい人だと思うんだ、思うんだけど。
所長も有能だし尊敬出来るし、勉強させてもらえるから自分は幸福だと思うんだ。思うんだけど、遊ばれ倒している我が身の現状を振り返り、勝手に身につまされている。
「で、その上は掛居警視だろ?」
お友達認定されて、それこそ森川と組んでのそれより泣ける気分になったあれだけど。
「あー、ごっつアホで偉そで嫌味なおっさんやったっけ」
「うん、青筋浮かべて敬語使ってた」
かばってくれたんだよな、俺のこと。
真犯人が誰かなんて、言われるまでもないし、そんな容疑通るわけないのに、ほっといても良かったはずなのに。

思い返すたび、言葉に詰まる。




「とにかくさ、なんだか、上司運が微妙によくなかったような気がするんだ」
呟くと、哲平も妙に納得してくれた風に頷く。
「いや、そら、ごっつ悪いわ」
もうひとつ、とどめがあるんだけど。


「更に、あいつ3号なわけだろ?」
「…女王様、のな…」




別に、酒席に引きずり込まれていた訳じゃないけど、上司カテゴリに入れても良いんじゃないかなあ。
呼びつけられてたりも、したよな。死にそうな顔してたし。

それに、諏訪さんだって上司と言えば上司で、憧れの対象だったわけだけど。
さすがにもう口に出さないけど、梨沙さんから諏訪さん、逃げ回ってたの、あれ素なんじゃないか、とかも考えた。
確かに今思えば、組織運営のための時間を捻出してたんだろう。
でも、いくらなんでも、テレビの動物番組の公式HPを見てたりしたのは、きっと組織絡みじゃなくて趣味だ。
あの所長と親友だし、ひと癖ふた癖あるのは間違いない。
今まで上げたなかで、一番理想的な上司に見えるけど、どうだったんだろう。

さすがに、列挙してみたらそれはそれでもの悲しくなってきた。それは哲平も同様で。
「恭ちゃん、気合い入れてケーキ焼いたれ」
「了解」
しみじみとした、声に頷く。



「ショートケーキとかで、いいかなあ。墓の前で食べるんだったらチーズケーキとかにした方がいいんだろうけど」
そう言ったら、哲平苦笑して。
「酒酌み交わす、とかやったら別やけどな。墓の前で大の男がケーキ喰らっとったら、不審者扱いされるで」
確かに、思い浮かべると異様だ。
「うん、それもしてみようか、と思わない訳じゃなかったけど。俺はもちろんのこと、なんだか森川も、酒に強いようなイメージがないんだ」
「下戸っぽいな」
変なところで似てる、それに反論出来ない自分が何とも言えないけど。
「うっかり恭ちゃん潰れてくれて。んで、育ち良さそうな兄ちゃん担いで、ガラ悪そうなんが墓場から出てくんの目撃されたら、もれなく通報されるわ」
自分のこと、あっさりそう評するのはどうかと思うけど。
「普通は運び込むんだと思うけど、その場合。…森川、お前のこと留置場に入れたそうだったもんな。一念で、呼ぶかもな」
そのときは、きっと俺も一緒に叩き込まれそうだけど。

色々考えて、それはそれで良いのかもしれないと思う。
無実だし、もう無実の人間に、罪をかぶせようとするものはいなくなったんだから。



ケーキ焼くのだって、嫌がらせに近いものなんだから、結局は。
ムカつくんだったら、そのくらいのアクション起こしてみろよ。
付き合うから。




そんなこと黙って考えてたら。
「ま、オレは経験無いわけやないからな。一晩くらいならおもろいかもな。…ご隠居に叱られるやろうけど」
哲平も、そう言って笑った。







「じゃ、恭ちゃん。ご隠居に頼んでみるわ。イチゴくらい用意してくれるかもしれん」
哲平が、出がけにそう言った。
「いや、申し訳ないから良いよ」
有難いお話ではあるけど、そこまで甘えるのも駄目だろう、と思って断ったんだけど。
「ヘルに、トロ食わせる家やで?痛くも痒くも無いわ」
結構説得力があった。
実際、いまはイチゴもオフシーズンだから、割高だったりするんだ。
「ありがと、最悪、黄桃の缶詰とか使おうとか思ってた」
「気にすんなー」

あとで、連絡すると哲平は言って、帰っていった。




そういえば、森川の名前を、雑談めいたことで口に出すのは、あれから初めてかもしれないと思う。
哲平の目が、妙に優しくて複雑そうだったのは、それだったのかな。



結局、俺はあいつの背景を、未だに知ろうとはしてない。
知っているのは、半分のムカつくけど善良だった、刑事だけだ。



男の俺に、ケーキ持ってこられてわかりやすくイヤな顔するような。

こんな計画を、こんな話しながら立ててたら、どんな顔するかなんてありありと浮かぶ。






でもいいだろ?
やっと、少しだけでも、笑いながら話が出来るようになったんだ。




















fin.














私、実は森川関係は萌方面の嗜好は全く無いんです。見事に。
基本的には、トムとジェリーの関係性。

…威と森川の、すごく嫌がらせチックな会話も浮かんでたんですが。
まず、このお話自体問題ありげなんで、そんなもん載っけるわけにもいかず。
見たい方いらっしゃいましたかねー…