”真神さん、お元気ですか。
今私のいる街は石畳の敷き詰められた街です。
歩く音も、ざわめきの反響も、遠羽より硬い音がします。”
鳩の声
メールボックスに、見慣れないアドレスからメールが来ていた。
タイトルが『お久しぶりです』だったし、特に何を考えるでもなくそれを開いた。
「潤ちゃん?」
それは、自分が打ち込むものと何ら変わらない、整った文字の連なりだっていうのに。
なんで、こんなにやわらかく目に映るんだろう。
”今のパソコンは賢くて、私が喋ったことをそのまま打ち込んでくれるんですね。
やっぱり、不安だから最後には正しいかどうか見てもらわないといけませんけど、私の言葉でお手紙できるのはとても嬉しいです。”
ああ、やっぱり潤ちゃん自身の言葉なのか。
浩司さんが代筆したんだったら、やっぱりこんな言葉にはならないだろうと、そう思う。
”それでも、私が今いるところは、小鳥よりも鳩の声が良く聞こえて。
それは、遠羽の屋敷の庭のそれより穏やかで落ち着いているように思えます。
そのせいかはわからないけれど、前より私の音から堅さが取れたと、褒めてもらえました。”
あの頃耳にした音も、とても優しいものに思えたけれど。
きっと、少しずつ、たくさんあった辛いことも昇華出来てきているんだろう。
よかった。
自然に、口元が微笑うのが分かる。
つらいことが、しあわせなたくさんのことで埋められていった。
その音を、聴きたい。
”真神さんに直してもらった、オルゴールを毎晩眠る前に聴いています。
あの音を、初めて聴いたときのような感動を。
誰かに、感じてもらえるようになれたらと、そう思っています。
私に、その感動をくれたのは。
お父様と、真神さんですね。”
俺だけじゃないけれど。
成美さんや、哲平や、ご隠居…皆の力がなければ、あの事件は解決出来なかったんだけど。
探偵として、掬い上げてきた優しい音。
親と知らなかった人からの、最期の贈り物。
受け継いだ夢を乗せて、華やかな光の下の明るい歌声。
親とも慕っていた人からの、哀しい子守唄。
それらすべて、今の俺の支えで。
”私の音を、褒めてくれた真神さんは、どう聴いてくれるのでしょうか。
今は届けることが出来なくても。
いつか、私が得たもの全てを織り込んで、もっと綺麗な音にして。
届けられる、その日を楽しみにしています。
初めてのメール、読んでくださって有り難うございました。
また、お会い出来る日まで。
嘉納 潤 ”
こちらこそ、ありがとう。
そう小さく呟いた。
潤ちゃんには、鳩の声に穏やかに耳傾けられる、そんな平和な暮らしが似合ってる。
そんななかで、微笑んで暮らしているだろうことを垣間見られて、とても嬉しくて。
俺が、とても救われた。
返信のウィンドウを立ち上げて、さて、何を書こうかと悩む。
潤ちゃんの喜ぶようなことを、俺は知っているかなと悩んで。
まずは、伝えなければいけないことを。
”ありがとう”と。
”また会えることを、こちらでも心から、楽しみに待っています”と。
一番初めに書き付けた。
fin.