この時点で言うたら、上出来中の上出来か?
将来計画
「てっぺい、きーてる?」
「あー、聞いてるて恭ちゃん。俺が恭ちゃんの話聞かんわけないやろ?」
「そう?」
妙にガキっぽい仕草で首を傾げ、俺の返事に満足げに笑った。
確かに飲む前までは落ち込んでてんけど、だいぶ復活したんかなあ。
自分のあとを子犬みたいにくっついてきて真似したがった舎弟がおった。
そいつも酒が弱かったような気がするけども、それでも此処までやなかった。
もっとも、これより酒の弱い女王様もおるわけやし。
それやったら、こうしてしあわせそうに酒を舐めてるのは上等な部類やと思う。
…しっかし、なあ?
ほやほやと、溶けるように上機嫌になって、口数が増えて話された生いたちは。
なかなかどうしてヘビーなもんで。
でも、呂律回ってのうても。
「つらいわけじゃないんだ。ただ、たしかめたい」
そう呟いた言葉は本当やと思う。
辛くないから、話せるんやとも聞こえた。
なら、本当に辛いことはどこに仕舞い込んどる?
ついこのあいだ、恭ちゃんが解決した大事件はえらい哀しい事が続いた。
俺は、それをテレビでしか見とらんかったけど。
そのど真ん中で頑張ってた恭ちゃんは、どんなにか痛かったやろと思って。
ねーさん抜きでスピリットで飲もて誘ったら、「そうだな」ってあっさり乗ってくれた。
初めの酔いが回ってないうちは、潤ちゃんって娘がオルゴールで喜んでくれたこととか才能を生かすことができるとか、ええことの報告ばかりやった。
でも、きついことは、口を噤んで話そうとせんかった。
起きてもうた「事実」は話してくれても、恭ちゃんのなかでどうなってるかなんてのは全然で。
酔わせてでも言わしたら、少しは楽になるんやないかと。
恭ちゃんのふわふわしたしゃべりが止んだときに水向けてみた。
「辛いゆーたら、前の事件。恭ちゃん、がんばったな」
ぽつりと独り言みたいにして呟くと、隣で懲りずにグラスに伸ばした手が止まった。
「いや、きっともっと頑張れたし。辛いことなんてないんだ、俺なんか」
その言葉だけ妙にはっきりしてて、酔いが醒めたんかとのぞき込んだ。
一旦止まった手は、またゆっくりと動いて両手で包み込むようにグラスに触れる。
「潤ちゃんも、由樹さんも、田所さんも浩司さんも。どこかで掛け違った歯車に巻き込まれた傷は消えない。…それに、俺が上手く説得出来てたら、きっと森川は江崎さんを撃たなくて済んだんだ」
さっきまでの幸せそうな酔っぱらいは、どこへ消えたんかと思うほどの様子。
マティーニ作ってくれてたマスターも、心配そうに眉寄せてこっち見てた。
「森川はやな奴だけど、きっと悪いやつじゃないんだ。だから、俺よりあいつのほうが辛いよ、助けてくれたのに。だから、俺がもっとしっかりしてれば」
「…恭ちゃん、あんな?」
「辛くなんてない、俺はそんなこと…」
そこで、言葉が途切れて。
どうしたんやと思た瞬間、こっち側に体勢が崩れてきた。
「て、恭ちゃん!?………寝てるし」
ほんの少し眉を寄せたままの寝顔に、余計なことしたと後悔が募る。
辛くないわけないのに、中途半端に思い出さして。
やんわり笑うたまんま、全部抱えて持っていくんかと思うと哀しゅうなる。
「もう少し仲良うなれば、辛いことも話してくれるんかな」
「…そうかもしれませんね」
出会い方がかなり強引やったし、まだまだ信頼仕切れてないかもしれん。
そう思うのは寂しいんやけど、きっと仕方ないことや。そう、自分に言い聞かせるようにして店を出た。
眠る前に言いかけた言葉の続きは、『俺にはそんな資格なんてない』てもんになるんやろ。
辛い思いした人間やったら、誰だって言う資格はあるはずやのに。
きっと、それを認めへん。
自分にだけは、それを許さん気がする。
してしまったことは、悔やんでも仕方ないと思い切れたのは、恭ちゃんちの前。
ここまで野郎を捨てずに送ってくんのなんて、前代未聞と思いながら声掛けた。
「恭ちゃーん、うちやで?」
「…んー」
こしこしと目をこすりながら、ふらふらと鍵を鍵穴に差し込もうとする。
やっぱり入らんわな。
「…あああ、恭ちゃん、貸し!」
そう見てられんようになって叫んで、素直に渡された鍵を差し込んで回した。
「てっぺい、ありがと」
また鍵を受け取って、部屋にはいるときに振り向いてそう言うた。
「ん、まあええけど。恭ちゃん、酒酔ったからってほいほい鍵渡したらあかんで」
渡せ言ったんは俺やけど、あまりな不用心さに心配なって。
「ん、だけどてっぺいだし」
………。
「他やったら違うんか?」
閉め掛けたの隙間から、答えが返ってきた。
「ん、哲平だから大丈夫だろ?」
さっきよりはっきり返ってきた答えに。
ぼやんと、思ってたより信頼されてんやないかと思う。
だとしたら。
「信じてもらえてんのなら、あと少しやなあ」
焦らんように、恭ちゃんから心んなか引き出すコツを見つけてみよか。
「ま、出会って一週間やし」
そしてなんとなく振り向くと、恭ちゃんの部屋の電気が消えたとこやった。
fin.