安っぽく光るプレハブの床に、少しだけ丸なって眠る姿に、
一体どれだけ重いもんを背負わせとるんやろと思って。
せめて優しい朝を
朝方の空気が少し冷とうて、まだ暑いなりにもう秋やなと思う。
季節の移り変わってんのなんて、気にも留められへんほどの非日常やったから。
昨日全部終わってから出した一言メールには、まだ恭ちゃんから返事がない。
「まあ、なんとか帰って爆睡してんやろな」
「ついでに、爆弾くらいしまっていってんじゃねえの?あいつだし」
睦美が何となく笑いながら口を挟む。
ふと、顔を見たら隈が浮かんでて、こいつも心配で仕方なかったんが分かってもうたけど。
今日が一番大変な日になるのは分かってて、それでも生きて朝の空気が吸えるのが嬉しゅうて。
俺も軽く返した。
「まあ、普段の恭ちゃんならそうやろうけどな、さすがに足下もはっきりせえへんとこで爆弾片付けようとはせんやろ。コケたらどないすんねん」
取り憑かれたように掃除する姿何度も見てるから、絶対無いとは言わんけども。
そんな話しながら鍵の掛かってない詰め所を開けて、睦美が足を踏み入れた。
「…おい」
「どないした?」
睦美が、気の張ったような声で呼びかけてくるもんやから、後ろからのぞき込んで俺も息を止める。
「な、なあ、…なんか」
「あったわけあるかい。普通に寝息立てとるやんけ」
睦美の言いたかったこと、打ち切るようにして引き取った。
恭ちゃんの姿を見た瞬間、無意識に生きてることを目で確かめるくらいには、同じ心配しとったけど。
手には折り畳んだ携帯を握りしめたまま、昨日座り込んでた位置から動いてない。
「ほんま、そのまんま寝てもうたんやなあ」
俺と氷室のおっさんとタカ、三人の命は重かったやろ。
そのまんま、倒れ込んで寝てしもうても仕方ない。
むちゃくちゃ安らかな寝顔して寝てるから、思わず頭とか撫でてやりたなったけど。
でも、出会った頃に比べたら、明らかにやつれた顔してた。
頬も少し削げて、目の下の隈も濃うなって。
ほんの少し丸うした体が添うのは、威の物騒な置きみやげ。
こいつのせいで、恭ちゃんは苦しんで、たくさんの辛いことを全部引き受けてる。
考えんのもムカつくんやけど、あんな最悪な奴にすら好かれてて。
それを知ってるから、全部受け止めて向かい合おうと頑張ってる。
それを、威はよう知ってる。
あいつは、影のように恭ちゃんの側にいて、楽しんどるに違いない。
悔しゅうて悔しゅうて、そして、その対決の手助け出来るほど賢うもない自分が歯がゆうて。
あの性悪眼鏡を思い出させるとはいえ、爆弾に八つ当たりなんてアホな真似せんように拳を固く結んだ。
「なあ、そろそろスタッフの中で早い奴来ちまうぞ」
様子のおかしい俺をほっといて、適当に隠せそうな道具を集めとった睦美が声掛けてくる。
はっと我に返って、頭を振って切り換えた。あかん、確かに惚けとる場合違うわ。
「そやな、もうちょっと横にどけてしまおか」
顔をはたいて、どけようかと向き直る。すると睦美が、重そうな爆弾を見て顔をしかめて呟いた。
「なあ、そいつ起こして手伝わせりゃいいんじゃねえの。もう朝だぜ?」
そう言って、眠る体に手を伸ばそうとした。
それは確かにもっともな意見なんやけどな。
「なあ、ギリギリまで寝かしたって。…最近寝れてなかったみたいやから」
肩を掴んで、考えるより先に止めとった。
軽く聞こえるように言うたけど、案外シリアスに響いたようで。
睦美は手を止めて、じっと寝顔を見つめる。
「まあな、間抜けな顔さらさせとくのも、もう少しなら悪くないんじゃねえ?」
それから、ふいとそっぽを向いて、のばし掛けた手を引いた。
「見る目無いな、むっちゃかわええやん?」
無駄に振りまいたシリアスを、振り払うようにウィンクしてみせる。
「……気色悪いこといってんじゃねえよ」
今度こそ本気で、睦美が不機嫌そうにそっぽを向いた。
適当に爆弾を隠し終えて振り向いても、まだ熟睡してるみたいで。
風邪引かんかと少し心配やったけど、まあまだ大丈夫やろうし。
足音立てんようにして、そっとそこから出ていった。
遠くから、明日香ちゃんと唯ちゃんの笑い声が聞こえた。
あの子らに起こしてもらえたら、きっとええ朝になるて思た。
唯ちゃん恭ちゃんのこと好きみたいやし、引き受けてはくれるに違いない。
空気はとても清々しくて、きっと絶好のイベント日和になる。
それと正反対に、恭ちゃんには辛い一日になるかもしれんから。
3号ん時みたいな、あんな苦しい顔することになるかもしれんから。
きっと、するやろうから。
「おはようさん、おふたりさん。ちょっと頼みがあるんやけど、聞いてくれへん?」
せめて、優しい子らの、優しい声で起きてくれ。
fin.