「こんにちは、真神くん」
お昼時にに通りを歩いていたら、知った声に呼び止められた。
「あ、マスター、こんにちは。ランチは今日は終わりですか」
マスターがにこやかに挨拶してくれた。店の前を掃除しているようだ。
最近では、用意した分のランチは、昼の開店時間暫くで売り切れとなってしまうらしい。
マスターの人柄上、大きく宣伝を打つこともなくて、相変わらず隠れた名店ではあるんだけど。割と夜に知らない顔を見ることが多くなったような気もする。
まあ、女王様がいるっていう都市伝説もそれに一役買っているのかもしれない。
「そうなんです、申し訳ないんですが」
本当に申し訳なさそうな顔で謝られてしまい、こちらが慌てる。
「そんな、人気が出るのは当然のお店ですし。また、時間があったときに食べさせてください」
頭を下げて立ち去ろうとすると、そういえば、とマスターは呟いて。
「え?」
「お急ぎですか?」
「え、いえそれほどでも」
実際、用はないし。今から少し遅めの昼食にしようかと思っていたくらいだ。事務所に顔は出すつもりだけど、時間が決まっているわけではない。
「それは良かった、少し待ってくださいね」
マスターはそう言うと、扉の向こうに消えてしまった。

待つこと2、3分。その間に、まだランチをやっているのかと尋ねる人がいたりして、しみじみここの人気を思い知る。
「お待たせしてすみません」
手に、袋に入ったタッパーのようなものを持っている。
「どうぞ、ご自宅ででも温めて食べてください」
その言葉に、食べ損ねた俺への思いやりだと知る。
「え、あ、いいんですか、お金払いますよ」
マスターだって、これが仕事なわけだし、いつも代金以上のサービスとか心遣いとか貰ってるし。ポケットから財布だそうかとしたら、手を振ってやわらかく制止される。
「今日はハロウィンですから。今日のランチのメインのかぼちゃのキッシュと、今日の夜の限定デザートのパンプキンパイの味見です」
かぼちゃ尽くしだなあ。
そういえば、かぼちゃって食材自体あんまり食べてないかも、最近。
実家にいた頃は、じいさんがかぼちゃの煮物とか好きだったみたいだから作ってたけど。
「ありがとうございます、じゃあ遠慮なく」
月末で給料出たばっかりだけど、薄給の身であることに変わりは無い。最近食べてないってのもあるし、一食助かるなんて現実的な理由もあって、いそいそ帰ろうとした。そんな浮かれた気分も手伝ってか、軽い冗談が口をついて出た。

「俺も、なにか仮装してきたほうがよかったですか?」
口にしてから、想像してみた。どう考えても俺に似合う仮装なんか無いけどね。
こう、写真取られまくってばらまかれて後々まで笑いものにされるのが目に見える。サイバリアに貼られるかもしれないなあ。やめておこう、お祭り好きの哲平あたりに勧められてもやめておこう。
悲観的な考えに陥りそうになる俺に、マスターは少しだけ笑みを深くして答えた。
「お出しするものが無かったら悪戯されますか?…はは、大丈夫でしょう。普段の真神くんは間違ってもそんなことできるような悪い子ではありませんから」
「そうですか、なんだか面白みが無いような感じですけどね。…それじゃ、またお邪魔します」
「ええ、お待ちしています」
頭を下げて、暫く歩いた。
振り返ると、マスターの姿はもう見えない。

「しかしまあ、この年でお菓子貰うなんてなあ。ご隠居とかなら俺や哲平のことだって孫くらいに見えてるんだろうけど」
ひとりごちて、それから足が止まる。
「そういえば、マスター…普通に悪い、子、じゃないって…」
その場の雰囲気に乗ったたとえじゃなく、もし自然に子ども扱いされてるんだとしたら泣けてくる。
「いや、待てそれよりも、なんか引っかかるんだけど…」
引っかかりにたどり着くため、さっきのマスターの言葉をよく思い出す。


『普段の真神くんは間違っても…』


「普段じゃない俺は、してもおかしくないのか?悪戯…」
“普段”じゃない状態なんて言うまでもない。飲んだくれ酔っ払い状態で記憶の彼方にいる俺だろう。
なにか含みがあって、マスターが言ったと思えない。
だからこそ結構辛い。


「もしかして、悪戯の前科あるのか…?」


そういえば、紳士人形の件もあるしな…ああ、他にも哲平が嬉しそうに話してくれた不名誉な武勇伝が。
手に持った嬉しいお土産を、急に重く感じながら心に誓う。



今日は、スピリットに飲みには行かない、と。成美さんに誘われても、正体不明にならないように哲平に協力してもらおう。
お菓子貰った上に、悪戯するなんてルール違反なんだから。


できる限り、良いお化けで。




















fin.












なにやらマスター関係が続いているなー。
結構びっくりです。
とりあえず、キッシュとかはメニューに出ないかなーとか思ったんですが…サラダとかのほうが可能性あるかなとか…
いろいろ心のそこに押し込めて見ました。
ハロウィンで書きたいネタはあと2本ほど(うち一本女性向…)
本日24時まで何とかなるのか、期限無視して11月あたりにこっそりアップするのかまた来年か、っていうか来年になったら忘れてるのか。
とりあえず、来年にはサイトが無い…とかは無しにしたいところですねえ、あははは。