光を鮮やかに変えるその色とか、埃っぽい空気を華やがせるその音とか。

あいつが憧れた女性を微笑ませたその味とか。







まつりばやし




遠く、その背を見付けた。
別に、見付けたかったわけではないけど。
知り合いなら、後ろ姿だって分かるようになる。

あいつとそんなに親しいわけでもないのに、そう言われている現状を思うと癪だったりするんだけど。


「森川!」



声を掛ければ、予想を裏切らず、ものすごく嫌そうな顔で振り向かれた。



「用もないのに呼ぶな、探偵」
「…挨拶もなく決め付けなくたって良いだろ」
「俺に、愛想良く挨拶されたいのか?」
「遠慮するよ」
「ついでに、お前が俺に用があるときは、大体ロクなものじゃないだろうが!」
「お前に用があるんじゃない、氷室さんに用があるのにそっちがわざわざ割り込んでくるんだろ!?」
出会い頭にこれで、そのままいつものやりとりに突っ込んでいきそうになる。

それを正気に引き戻したのは、右手に握りしめたもの。


夕闇も濃くなる商店街の雑踏で、明らかに異彩を放つそれ。
少なくとも、俺が持つには似つかわしくないそれの重みで我に返る。



「で、森川暇そうだな」
右手にコンビニの袋。なんか、雑誌とか入ってるし。
忙しいと言われても俺は認めない。
「喧嘩売ってるのか」
案の定、剣呑な目つきで睨み付けられる。
「お前に売れるものなんて俺が持ってるわけないだろ」
別に売りたい訳じゃなく、相手を見て勝手に口が動くんだとか言ったらそれこそ泥沼かな。
「まあ、どんな不自由しようともお前から何かを買うなんて暴挙には出ない」
「…高校の時の文化祭で、パウンドケーキとか作らされてたけど」
「食ってたまるか、そんなもの」
また話が脱線していく。
脱線していくんだけど、明らかに違和感のある俺の右手には全く触れない。

っていうか、目を逸らしてるなあ。
なんだか癪に触るし、とふと思いつく。

幸い、二本あるから。



「じゃあ、パウンドケーキの代わりに」
「…って、おい!」
ぽす、とコンビニの袋にそれを落とした。
丸い部分を透明なセロファンで包んだ、きらきらと光るりんご飴。
調べものに、少し離れた町の図書館に遠出した。
その帰り、いくつかの町内が集まって、秋祭りみたいなことをしているのに行き当たった。
スピーカーから流れる終わりのない祭囃子。テープが伸びているのか、少し雑音が入ったりリズムがずれているような気もしたけれど、気分を高揚させるには十分。
当然、いくつか出店もあって、子供達が結構集まっている。
その中のひとつ、定番中の定番、色とりどりの飴の林で足を止めた。

「いいじゃないか、俺こんなの作れないから安心だろ?」
「違うだろうが!お前と揃いで食えって言うのか」
「やめてくれ、気味の悪い」
「こっちの台詞だ!いい加減今までの公務執行妨害でVIPルームを正しい用法で使用したっていいんだぞ?」
「大声で職権濫用を宣言して良いのか、公僕なのに」
って、ああもう、そうじゃなくて。
「話聞け、森川。…京香さんへの差し入れだよ、こっちは」
「お前が訳の分からない方向に話題を誘導するんだろうが…って京香さんおいて、お前フラフラ屋台なんぞ見て回っていたんだな!?」
「語弊のある言い方するなよ。調査後のおみやげだ」
京香さん、こういう綺麗なものは好きだろう、とそう思ったら買っていた。
ひとりであのファイルと格闘しているだろうのを思うと、申し訳ない気持ちもあったし。
「じゃあ、何で二つあるんだ」
「…奈々子にでもやろうと思ったんだけどな。今考えるとお裾分けとか言ってコーヒーとか、コーンポタージュとかの隠し味に半分に割ったこれを入れかねない」
気付いてなかったのか、と言いたげな視線が刺さる。
「…探偵なんて胡散臭すぎる職業名乗るんだったら、いい加減経験から学習したらどうだ」
「だから、未然に防いだだろうが。…じゃあな、食えよ。一応林檎入ってるわけだからビタミンもあるし、栄養の足しにもなるんじゃないか?」
「お前にそんな心配される筋合いは無い」
はっきりと不機嫌を表に出して、言い返される。
「とにかく、食べろよ」
そう言い残して、森川置いて逃げた。
なんだか罵倒されてるような気がするけど、気にしないでおこう。



大の男二人の、りんご飴はさんだ口論はそれなりに注目を集めていたらしい。
俺が切り上げると、何となく立ち止まってこっちを見ていた人が、動き出す。
いい加減、他人の視線に鈍感になってきたかな。

素知らぬ顔で、雑踏の一員になった俺とは違い、あいつはまだその場所で立ち止まったまま。
手に取った飴を、じっとしばらく見つめていた。



振り返れば、さっきの嫌そうな顔とかじゃなくて、ただ純粋に、扱いかねて困っているような。


それから、少し俯いて、コンビニの袋に戻して歩き出した。
横顔が、少しだけ楽しそうにも見えた。口元が笑ったようにも、見えた。

一瞬だから、分からないし。
上機嫌なあいつなんて、不気味でしかないけど。
雑踏に紛れて遠くなる背中を、しばらくぼんやりと見送る。





それから、京香さんに資料探しの報告と、紅い飴を届けるため、探偵事務所に向かった。



「懐かしい、あんまり買ってもらえなくて憧れだったの」

飴を手にして電灯の光に透かし、京香さんは笑った。
きっと森川が見たら、かたまりながらも嬉しそうに笑うんだろう。
届けてくれるよう頼めば良かったかな、とか思ったけど。
なんだか、それは断られたんじゃないかって気もした。

所長のこと、京香さんのことを心底心配してくれてた、礼をしたいっていうのもあったかもしれない。
俺がするのは見当違いかも知れないけど、感謝くらいはしたって良いだろう。

あいつが、どんな顔してあれを食べているのか思って笑った。
京香さんは、嬉しそうに、まだ飴を見つめている。

そうして、少しだけ名残惜しそうに口を付けた。
今、お前が食べている最中だったら良いな、森川。










伸びたテープの祭囃子、やがて記憶からすり切れるように遠くなる。
見送った背中は遠くに消えて。

あの祭のおみやげを、俺は口にしてないから、その味は知らない。



留めておきたいと思う、知っておけば良かったと思う。
強引にでも、嬉しそうな京香さんの顔を見せてやれば良かったと。

思うたびに、遠ざかった音が蘇る。







甘い物が好きだったかなんて知らない、祭囃子が好きだったかなんて知らない。
ただお前が好きなひとと、お前のその好きな人が、りんご飴が好きだったことは知ったよ。

あのとき目にしたのは、やっぱり笑ったんだとそう思いたい。
京香さんが喜ぶことを想って笑ったんだと。





そう思えば、遠ざかった背が、…少しだけ近く見える。












fin.










愛好会様企画『森川直治誕生祭』参加。

…ええ、分かってますとも。
どこが誕生日だかさっぱりってことくらいは!


祝いたかったんですよねえ。
時間軸捏造したって、とにかく。

Photo by 街外れの写真館