音は聞こえない。声も聞こえない。
暗い部屋に、たった一時間光る窓がある。
見えるのは、ほんの少しの間だけ住んだ街。
上司だった女性、馴染みの女子高生、うっすらと見知った顔。
たまに過ぎるのは、酷く刺々しい空気を纏う、自称親友だった奴。
わざわざ編集して『上映』されるそれは、どのくらい前のものか分からないけれど、ちらりちらりと日本の四季をあらわすものが映りこむ。服装であったり、植栽の様子であったり。
いくつかの定点に設置されたカメラの映像を掠め取り、『俺のために』編集されてくる。
手間がかかることを面白がってやってくれることだ、本当にそう思う。
全く映りこまない人もいる。部屋の外に出てこないんだろう。
元々、出歩かないひとではあったけれど、行きつけのあの店に行くのであれば、ひとつの定点の前を掠めるはずで。
その街に住む人へ、もうきっと、俺はそこに戻れないから、諦めてと願う。
時間のずれた風景を映す窓に願う。
今日の映像は見たことのないものだった。
街路樹のイルミネーションは鮮やかで、住人たちの表情も、忙しないながらも基本明るい。
ただ、知った顔はみな一様に苦しげで、悲しげだ。
俺がいないから、俺を忘れてくれていないから。
誰もきっと、しあわせではなくて。
大切な人たちだからしあわせになってと思うのに。
俺が、そこにいないだけで。
そして、あいつの顔は、暗いを通り越してなにかに飢えたような、追い詰められたような顔をしていた。
「なんて顔をしてるんだ、そんな顔じゃしあわせが逃げるだろ」
俺は無理だけど、お前はそうじゃないんだから、だから。忘れて、幸せになってほしいんだ。俺の分まで。
「せめて、お前だけでも…」
短い付き合いだったけど、それでも俺とお前は親友だった、だからこそ。
自分が、そう思っていると、信じていた。
↓この話が繋がるエピソードを寄稿しました。かといって、読んでいただいても読了感はすっきりしません。嫌な感じです。
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