贈り物の約束




事務所のドアを開けると、来客があった。
「真神、ご指名だ」
にやりと笑って所長が深く座ったソファから手を振る。
…この事務所は指名制だったっけ?とか思いつつ中に入る。
ソファには明るい髪の男性がひとり座っていて、こちらに背を向けている。その髪の色とかラフな格好とかには見覚えがある。
…あの人だってことは、ひとりじゃないよな、絶対。

「お兄ちゃん!」

「お久しぶりです、真神さん」

朱原さんは爽やかに振り向き、まどかちゃんは背もたれから顔を覗かせて笑った。
まどかちゃんはとても嬉しそうに俺に手を振り、背もたれによじ登るようにして身を乗り出す。
さすがに朱原さんも慌てて、まどかちゃんをなだめている。

俺がぼんやりしてると、まどかちゃんがまた無理をするかもしれないし。
とりあえず、まどかちゃんたちの隣、所長の隣に腰掛けようとすると。

「ま、こういうときは若い者に任せると相場が決まっててな」
「ええ、そうですね。…それじゃ、またあとで」
謎のやりとりをして、朱原さんと所長はソファを離れて外出しようとする。
「…ど、どこに行くんですか?」
なんかものすごくお約束の、しかしこのシチュエーションにあわないやり取りをしているような気がするんだけど。
「決まってるだろうが。日本庭園を散歩しに行くんだよ」
「…ご隠居のお宅にそんな理由で行くんですか?」
そんな気の抜ける冗談に、力ない問いを返す。
「しっかりやれよ、青少年」

しっかりといわれても。
若いふたりって、若すぎやしませんかという突っ込みは、脱力しすぎて出来なかった。

「お兄ちゃん、だいじょうぶ?」
疲れた様子を一瞬表に出したのに気付いたのか、まどかちゃんは心配そうにこっちを見ていた。
大人の妙な冗談は、この子には関係ないよな。
「大丈夫だよ、ありがとう」
にっこり笑ってみせてお礼を言うと、まどかちゃんも満面に、ふあっとかわいい笑みを広げてくれた。

まどかちゃんの前には、あたたかいミルクが置かれている。ほのかに蜂蜜の匂いがするようだ。
さっき京香さんはいなかったから、所長が小さいまどかちゃんに気を使ってハニーミルクを入れたんだろうか。
所長も子煩悩なひとだから、こういうのは案外なれているのかもしれないけど。
「今日はまどかちゃん、俺に何か用かな?」
そう聞いて見ると、まどかちゃんはにこにこと笑ったままで、ソファをとんと飛び降りた。
ぱたぱたと歩いてきて、俺を見上げる。
「あのね、お兄ちゃん。お誕生日おめでとう!」


…ああ、そうか忘れてた。
いや、朝一で哲平からメールとか貰ったしキンタとかからもメール入ってたけど。
そういえば、夜にはスピリットに呼び出されてたっけな。
今日は、午前中はひとりで調査に直行してたから、そっちに集中してしまって。
ありがたいそんなお祝いの言葉も、つい失念してしまっていた。
面と向かって、お祝いを言ってもらったのは、まどかちゃんが最初かな。


「ありがとう。嬉しいよ」
そのためだけに、遠羽まで来てくれたのか。
朱原さんも、家族一緒にいられるのは仕事柄貴重だろうに、その時間をわざわざ割いてくれて。
「うん、あのね、お兄ちゃんの誕生日は、お兄ちゃんといっしょにいたかったの」
にこにこと無邪気に話仕掛けてくれる様はかわいくて、その顔を覗きこむように話を聞く。
「お兄ちゃんと、いっしょにおたんじょうびして、お兄ちゃんの分もまどかが大人になるの」


…なんだって?


「お兄ちゃんがずっと大きくて、おにいちゃんにまどかずっとおいつけないから、考えた。
 おにいちゃんの分も大きくなったら、お兄ちゃんはまどかが大きくなるまで待っててくれて、まどかは早くおよめさんになれるでしょ?」



……ここは、若いふたりに任せての真意はそういうことか!
朱原さん、その考えを肯定したんですか…!?



でも、ほほを少しだけ紅潮させて、誇らしげに話す様子はとても無邪気で。
それは間違っているよ、と正すことは簡単に見えて難しい。
瞳はきらきらと俺を映していて、それを曇らせることは俺には出来なかった。

「お兄ちゃん、待っててね。来年も、まどかおにいちゃんのお誕生日にくるからね」




きゅ、と握られた俺の中指と人差し指。
その力は存外強くて、まどかちゃんの健康は間違いなく戻っているんだろうと嬉しくて。

無粋なことを言うのはやめた。




何より、この先の誕生日、こうやって健康に育っていく様を見届けて、こんな冬に暖かな想いをもらえるなんて。
} 誕生日の成長は持っていかれてしまっても、幸福なプレゼントをもらえるんだから。


ありがとう、の気持ちをこめて、小さな手を握り返した。









fin.








忘れ去られている哲平が不憫。
とりあえずナイスミドルを目指せ恭ちゃん。
見本は周囲にたくさんいるし。